一 級 建 築 士 事 務 所
石 山 美 法 建 築 設 計 ア ト リ エ
Yoshinori Ishiyama architecture design atelier
Detailed efforts
建築が残っていくために 2022
石山美法
1. 地方の小さな調剤薬局
地方都市の一角に計画した、小さな調剤薬局である。調剤薬局という建築は、医療と地域、制度と生活のはざまにある存在だ。その背景をたどりながら、建築が「残っていく」とは何かを考えてみたい。
2. 医薬分業の流れのなかで
日本の医薬分業が制度として本格的に進展したのは1974年(昭和49年)の診療報酬改定(※1)以降である。医師と薬剤師がそれぞれの立場から独立して役割を担うことで、患者の安全と安心を確保する仕組みである。現在、医薬分業率は70%を超え、制度として定着した。しかし、現場には多くの課題が残されている。厚生労働省は2015年、「門前から“かかりつけ”、そして地域へ」(※2)というビジョンを打ち出し、薬剤師が地域の健康支援拠点として機能することを求めた。これは、医療機関への依存から脱却し、地域に根ざした「健康サポート薬局」を育てる試みでもある。とはいえ、患者にとって医療機関の近くに薬局があることは自然な利便である。むしろ、今後問われるのは、薬剤師の専門性をどのように患者の生活支援に結びつけるかという「仕組み」そのものであろう。現在では多くの薬局が法人化され、経営の論理が前面に立つ。だからこそ、薬剤師個人だけでなく経営者の意識改革が欠かせないと感じている。本計画は、そうした流れの中で「地域の見守り薬局として設けたい」というオーナーの想いから始まった。
3. 建築基準法との狭間
計画地は第一種低層住居専用地域に位置し、調剤薬局単独での建築は原則認められない地域であった。隣接する小児科医院の建て替えに伴い、院外処方への移行を希望した小児科側と、「地域に開かれた薬局をつくりたい」というオーナーの意向が一致した。だが、診療所が許可され薬局が許可されないという現行制度には違和感を覚える。法的には建築基準法第48条但し書きによる「特別許可」申請が可能だが、実際の取得は容易ではない。行政ごとに運用基準が異なり、手続きも煩雑で、負担も大きい。それでも、オーナーとともに正規の手続きを選び、地道な交渉を重ねた。行政からは二つの条件が提示された。ひとつは、敷地境界から50m以内の土地・建物所有者全員への説明と8割以上の同意取得。もうひとつは、この場所に薬局が「なぜ必要なのか」を明確に示すこと。後者については厚労省の策定書(※2)や小児科側の意図をまとめて提示することで理解を得られたが、前者の同意取得は容易ではなかった。法務局での資料調査から始まり、一軒一軒を訪ねて説明を重ねた。空き家には手紙を送り、ときには叱責を受けることもあったが、近隣の理解と協力に支えられて、ようやく特別許可に至ることができた。
4. 残っていく建築を考える
世界を見渡すと、壮大な古典建築のように王権や宗教のもとで築かれた恒久的な建築と、風土や生活の中で人々が手を加えながら受け継いできた集落的建築の双方が存在する。後者は匿名的でありながら、長い時間のなかで人々に愛着をもって維持されてきた。日本でも、九世紀に建てられた古民家が今もなお現存している。興味深いのは、そうした世界各地の集落建築の多くが、共通して急勾配の三角屋根をもっているという事実である。これは単なる気候条件への対応にとどまらず、建築のタイポロジーとして普遍的に見られる形象でもある。北欧の木造民家、アルプスのシャレー、東南アジアの高床住居、そして日本の合掌造り—地域や構法は異なれど、いずれも人々の暮らしと風土のなかで、雨や雪をしのぎ、熱を逃がす合理とともに「住まいの原形」としての三角屋根を共有している。三角屋根は、構造的にも単純で、素材や技術が限られた時代にも成立しやすい。同時に、人間の知覚の中で「家」の象徴として最も強く記憶される形でもある。つまりそれは、機能的合理と象徴的記憶の交点として形成された普遍的タイポロジーであるといえる。
本計画では、そうした形象が持つ集団的記憶への共鳴を意識し、地域に自然と馴染み、記憶に残る建築を目指した。そのためにまず、建築の基本構成として三角屋根を選択した。建築が残っていくために最も大切なのは、機能や耐久よりも「愛着」である。愛着を育むこと —それが、建築を未来へとつなぐ最初の条件だと考えている。
5. 愛着という構造
愛着という感情の構造について、寺内文雄らの研究「愛着の発生に関わる因果モデルの構築」(2005年)(※3)に深い示唆を受けた。この研究は、感性工学的な手法によって、愛着形成に寄与する感性要素を抽出し、その因果関係をモデル化したものである。私はこれを建築的文脈に読み替え、愛着を
・形象的要素(造形・素材・色彩など感覚的因子)
・記号的要素(本物感・象徴性・地域イメージ(風土)など意味的因子)
・関係構築要素(行為・共有・関係性など相互作用因子)
・機能的要素(利便性・合理性など機能・性能因子)
・面影・記念要素(記憶・痕跡・贈与など記憶・痕跡因子)
の5つに整理して考えている(詳細は省略)。
本計画では、形象的要素として三角屋根と軽やかに伸びる庇を用い、曖昧な愛嬌をもつ造形を試みた。記号的要素では地場木材の積極的利用により、地域の「本物感」を素材化した。関係構築要素としては、特別許可取得の過程で生まれた近隣住民とのつながりをパブリックスペースという形に置き換えた。機能的要素はドライブスルーの設置や従業員動線の円滑化を図ることで付加し、面影・記念要素は建築完成後の空間体験による記憶が子供たちに芽吹くことを期待したのである。
6. 地場木材という選択
特にこだわったのは、地場木材の使用である。木材利用の現状については、網野禎昭氏(※4)の「木造と地域の持続性」や、竹原義二氏(※5)の「山から始まる建築」に多くを学んだ。網野氏の「山の大切さ、木の循環的な使い方を一般の人々に伝えなければならない」という言葉には深く共感する。著名建築家の木材利用(大規模木造建築)が本当に地域循環を生んでいるのか。現場にいると、そうした疑問が拭えない。では、地方の小さな建築家に何ができるのか。私は、地元の建築を地元の木で建てるという行為そのものが、最も確実なボトムアップであると考えている。オーナーにも、地場の木で建てる意義を丁寧に説明した。古民家の持ち主が「裏山の木で建てた家なんです」と誇らしげに語る、その風景を未来につなぐことができるのではないかと。オーナーの答えは明快だった。「わかりました。予算内であれば自由にやってください。」厳しい条件の中、構法と工程を徹底的に整理し、結果として構成木材の九割を地場産材で実現した。
7. 時間に応える建築へ
建築が残るということは、時間に耐えることだけでなく、時間に応える柔軟さを持つことだと思う。恒久性と暫定性、具体と抽象、そのあわいを往還しながら形を探ることにこそ、建築の生命がある。特別許可の取得に始まり、地域と向き合いながら進めた本計画は、そうした往復の過程そのものが「残る建築」への試みであった。それが本当に未来へ受け継がれるかどうかは、誰にも分からない。ただ一つ確かなのは、挑戦をやめた時点で建築は止まってしまうということだ。残るかどうかは、結果ではなく意志の問題である。
参考文献
※1:1974年(昭和49年)診療報酬改定により、医師の処方箋料が6点から50点に引き上げられ、日本の医薬分業が本格化した。
※2:厚生労働省『患者のための薬局ビジョン』(平成27年10月23日)
※3:寺内文雄・久保光徳・青木弘之・橋本英治「愛着の発生に関わる因果モデルの構築」『人工物設計における質的転換を目指して』
2005年 所収
※4:網野禎昭「木造と地域の持続性」『新建築』2021年5月号
※5:竹原義二「山から始まる建築」『新建築住宅特集』2021年6月号