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道後の大改修・続

 

「残る建築の施策」 -定義しない空間の可能性についてー

 

1. 計画背景

 

本プロジェクトは、7年前に完成した、1953年建造の木造2階建て住宅の全面改修(増築も含めた軸組整理による組換え)を起点とした続編である。以下、既存建物を「母屋」と呼ぶ。

母屋には若夫婦世帯(夫婦と幼児・学童2人)が暮らしており、施主の一人である夫(息子)は、広島で単身生活を送る母を将来的に呼び寄せたいという思いを以前から抱いていた。「隣接地が取得できそうだ」と声をかけてくれたのは、およそ3年前のことである。

しかし、この敷地には歴史的、構造的な課題がある。母屋を含む5軒の一帯は幅員約2mの通路を主要な生活動線として利用しているが、建築基準法上の接道義務を満たしていない。こうした「路地空間」における建築行為は全国でも少なくないが、その扱いは地域ごとに制度運用の差が大きく現場では常に困難が伴う。今回の計画は母屋と隣接地をあわせた一体的な計画を組み立てる必要があった。

 

2. 建築基準法43条2項2号許可に関して

 

2-1 制度整理と基本的枠組み

 

2018年の建築基準法改正により従来の「43条但し書き許可」は整理され、以下のように区分された。

 

・2項1号:認可(自治体が整備する基準によるもの)

・2項2号:許可(個別審査ごとの特別許可)

 

従前の但し書き許可は現在の2項2号許可に相当する。建築基準法43条は、建築物が基準法上の道路に2m以上接道する義務を定めている。

一方で、里道・農道等の接道条件を満たさない通路に面した敷地でも、災害時の避難・消防活動、衛生環境の確保が客観的に担保される場合、例外的に建築を認める制度が2項2号許可である。

しかしこの制度の運用が自治体によって大きく異なる。たとえば松山市では20年以上運用方針がほぼ固定されおり、今回も2項2号許可の取得を求められた。

全国的に、一般的には以下の2条件が基本とされている。

 

1.自主的なセットバックにより通路幅員を4m以上確保する(セットバック型)

2.建築物の耐火性能強化(耐火性能強化型)

 

松山市においてもこの立場であり、7年前の母屋改修時と同様、今回もセットバック型に加え耐火性能強化型の双方を課された。

 

2-2 制度運用の課題と実務上の影響

 

セットバックは「通行・避難空間の確保」、耐火性能強化は「延焼防止・防火安全」を目的としている。両者を無条件に併用する合理性には慎重に検討すべきである。実務上、両者の併用は住民に極めて大きな経済的・精神的・時間的負担を集中させる傾向があり、重要な課題である。2項2号許可の申請には、利害関係者の同意(印鑑証明付)が不可欠であり、相続未処理や関係者不在のケースでは取得が極めて困難となる。また多くの自治体では取得した許可は一回限りとされ、次回の建築行為では再度の許可取得が求められる。これもまた制度的な負担集中を生み出す一因となっている。

 

一方、一部自治体では行政主導により民間協定書に継続担保(所有権者が変更になっても同意は引き継がれる)、を付加することで、通路幅員の将来担保を図る仕組みを整備している。これは43条制度の本質である「災害時安全の確保」に直結し住民負担を軽減(将来効力の持続)する優れた運用事例と評価できる。

 

2-3 民間通念と土地価格

 

日本には歴史的に路地空間が多く、生活文化や景観として高い価値を持つ。接道要件を満たさない敷地は、一般的に地価が下落している場合が多い。未接道敷地は安価で取得可能な状況もあるが、法の平等原則の観点からは再考の余地がある。

制度運用の簡略化や柔軟化、前節で触れた優良事例のように通路幅員を継続的に担保する仕組みが整備されれば、未接道敷地の利用可能性や建築上の制約が改善され、地価もより法的平等に近づく可能性がある。

建物面では、景観保全や街区の歴史的特性を重視して「耐火性能強化型」を採用する場合、同時にセットバック型を一律に要求する合理性は低下する。逆にセットバック型を採用する場合は、耐火性能の強化を個別判断することも可能である。

このように、セットバック型と耐火性能強化型の両方を一律に課す運用は、制度本来の目的との整合性に疑義を生じ、住民に過剰負担を与える。したがって行政施策としてのバランスを欠く恐れがあり、制度運用の改善と簡略化による不利益の是正は重要な課題である。

 

2-4 本件の帰結と今後の課題

 

今回のプロジェクトでは、前述の通り7年前の母屋改修で取得した特別許可は効力を持たず、再度の申請が必須とされた。今回も以下の条件が課せられた。

 

・自主セットバックによる通路幅員確保

・建築物の主要構造部の準耐火構造化(防火地域か否かを問わず要求)

 

条例や規則の改正には議会の議決が必要であり、どの自治体においても短期間での変更は困難であることは計画当初から十分に認識していた。その前提で、施主と私は、行政(建築指導課)に対し、制度上の矛盾(過剰負担集中)や優良運用事例の提示、改善に向けた提案を行い、担当部署単位での協議を期待した。しかし、住民や専門家からの意見を受け止める協議すら行われず、改善への取り組みは見られなかった。この結果、建築行政の実務上の限界が明確化するとともに、制度運用の硬直性や地方自治の意思決定構造が実務に与える影響も浮き彫りになった。建築家は専門的助言や制度改善提案を行える一方、行政の対応構造や手続き上の制約が現実として存在することも示された。

人口減少、空き家問題、地域衰退が進む今日、災害時の避難確保や地域持続性の観点から接道問題は避けられない。今回の事例は、単に建築行政課題にとどまらず、地方自治体の意思決定構造や制度運用の仕組みが実務上の障壁となり得ることを示している。今後、類似事例における運用改善や制度見直しを検討する際には以下の要素が不可欠である。

 

・法解釈の透明性向上

・住民・専門家との協議の場の整備

・技術的支援を含む柔軟かつ合理的な運用方針の構築

 

制度本来の目的と住民負担のバランスを両立させる運用整備こそ、地域の持続可能性や安全確保につながるはずだ。

 

 

  1. 設計に関して

 

3-1 防火処置

 

本件では前述の規制により、主要構造部を準耐火構造とすることが求められた。一般的な木造住宅に対する防火対策としてみた場合、この要求は実務上過剰と言わざるを得ない。最大の問題は、施主負担に直結する工事費の増大である。準耐火化によって材料費が増大し、加えて工期の延長も避けられず、総工費への影響は極めて大きい。

意匠面での影響も無視できない。木造の場合、準耐火構造を確保するために、構造材を石膏ボード等で被覆するメンブレン型防火(イ準耐火構造)が一般的である。しかしこの方法では木材の現しが不可能となり、木造空間が本来もつ構造美や素材の温かさ、さらには設計の自由度そのものが奪われてしまうという致命的なデメリットが生じる。

施主とは、母屋と同様に木造の構造美の追求を共有していた。母屋においては、古家改修で生じた副産物材の活用、すなわち和小屋組の大梁として使われていた松丸太の現しによる空間表現、さらには抽象的な空間操作によって「時間」を織り込む。これにより場の質を昇華させる空間再編が大きな設計テーマであった。これを実現するため、当時改正されたばかりの告示(外壁耐火構造型)を積極的に取り入れ、規制を満たしつつ木造の価値を表現する手法を確立した経緯がある。

しかし今回は、同じ告示に対する行政側の解釈がより厳密化され、木造における外壁耐火構造を基本的に認めないという方針が示された。そこで方針をあらため、構造材の被覆を避けるためにいわゆる「燃えしろ設計」を採用し、構造材に関する被覆規定を回避することとした。

とはいえ、母屋設計時も今回設計も、これらの対処はいずれも業務全体(設計・監理・工事)において金銭的負担を増大させる要因となっている。法規制を満たしつつ木造建築の価値を誠実に表現しようとする場合、常に追加的な設計検討と費用負担を伴うという現実が、あらためて浮き彫りになったと言える。

 

3-2 既存不適格緩和

 

本件では、母屋との関係性をどのように構築するかが計画上の主要課題であった。これは単に二世帯住宅としての機能的連携にとどまらず、敷地規模の過不足、周辺環境の将来的変化、さらには生活通路空間全体の再編可能性までを含む、多層的な検討が求められたためである。

対象敷地は母屋の南側に位置し、東西に細長く広い。単身で暮らす施主の母が居住するには過大な敷地である一方、通路の先には2階建て賃貸アパートがあり、オーナーの変遷により通路環境が今後どのように変化するかは読みづらい。また、通路沿いの既存 4 軒が将来的にどのように再編されるかも不確実性が高く、敷地形状と街区環境の双方を踏まえた慎重なゾーニングが不可欠であった。

これらの検討から、西側には通路セットバック部分を除いても十分な余白を確保しつつ、残余敷地には可能な限りのボリュームを与える計画とした。そして、そのボリュームを母屋と「増築」によって接続する方針を探ったが、ここで法的な壁に突き当たることとなった。

母屋は改修時に耐震改修促進法に基づく耐震補強を行い、新築相当の上部構造安全性を確認したうえで完了検査済証を取得している。しかし当時の計画は「既存建築の1/2以下の増築」であったのに対し、今回は「1/2以上の増築」に該当するため、法的には母屋全体が“新築と同等”であることが求められる。ここで問題となったのが基礎の扱いである。

母屋の基礎は、既存基礎に添え基礎や耐圧版による全体補強を施しているが、行政からは以下の理由により「新築基礎とは認められない」と指摘された。

 

・既存基礎の上に構造土台が載るため、構造設計上“既存基礎を無視”することができない(既存基礎の耐力査定が困難)

・補強基礎との接合に用いた後施工アンカーについて、法的に要求される性能担保が困難である

・結果として既存不適格緩和の要件を満たさない可能性が高い

 

すなわち、既存不適格緩和の前提となる「既存部分の部分的・限定的な不適合」の枠組みに適合せず、母屋は「既存不適格とは言えないが、新築基礎としても認められない」という制度上の狭間に置かれてしまった。この盲点こそが、計画上最大の障壁となった。

そのため、母屋と新設建物を増築扱いで接続する設計案は断念せざるを得ず、結果として、両者を内部導線で接続するという当初の構想は実現できなくなった。

 

3-3 関係性の再構築

 

多層的な環境条件から導き出したゾーニングはそのままに、母屋との接続方法について検討を続けた。母屋(子世帯)は二階建てであるが、一階に一坪の収納室があり、いかなる方式であれ内部接続を行う場合には、この収納室を経由させる。これは当初から変わることのない前提であった。増築であっても新築であっても同じである。

一方、玄関から玄関へと出入りする“完全分離”という選択肢も検討されたが、最終的には採用しなかった。施主と母の距離感を設計者として読み取り、内部的なつながりを確保すべきだと判断したためである。では、内部接続の先にはどのような空間があるべきか。ゾーニングと予算的制約から逆算すると、新設棟は約 90㎡(30 坪弱)となり、単身で暮らす母の居住には平屋で十分成立する規模である。母はもともと分譲マンションに暮らしており、生活スタイルの読み取りが比較的容易であったため、母屋との距離感についても一定の感覚的手掛かりを得ることができた。

 

■ 愛着生成モデルの導入

 

私はかねてより、「残る建築をいかに設計するか」という難題に対し、愛着という感情の構造化を通じたアプローチに取り組んでいる。寺内文雄らによる「愛着の発生に関わる因果モデルの構築」(2005)(※1)を建築的文脈へ読み替え、独自の建築的因果モデルとして再構成し、設計に応用する試みである。

寺内らの研究は、感性工学的手法により愛着形成に寄与する因子を抽出し、その因果関係をモデル化したものだ。私はこれを以下の5つの要素に整理して扱っている(詳細は割愛)。

 

・形象的要素:造形、比例、質感、光環境、色彩など美的感覚に関わる因子

・記号的要素:象徴性、地域イメージ(風土)、本物性など意味生成に関わる因子

・関係構築要素:行為、滞在経験、関係性の蓄積など相互作用に関わる因子

・機能的要素:使いやすさ、快適性、安全性、コストなど性能に関わる因子

・面影・記念要素:個人的記憶、痕跡、贈与性、特別な出来事など記憶に関わる因子

 

これらが相互に作用し、愛着生成の契機となり、最終的に“残る建築”を支える。

本計画においても、これらの因子を細分化したチェックリストを用い、複数の施策を意図的に組み込んでいる。具体的には以下の通りである。

 

・母屋の外観フォルムに追従し、特に屋根勾配を揃える

・象徴的架構(登り梁現し)を反復し、方向性と連続性を演出する

・県産木材の補助金を活用し、構造・下地・仕上げ材に可能な限り県産材を用いる

・言語化しきれない「あいまいな間」をあえて挿入する

・DIY的要素を取り入れ、施主との共同制作を行う

・施工は分離発注方式とし、空間への関与度を高める

・43条特別許可の手続きに施主も参加し、建築過程の共有性を高める

・適度に造り込みすぎない

 

これらはすべて、愛着生成の場を整えるための具体的な設計操作である。

 

■ 「大きく狭く」最小限の居住場の構築

 

マンション暮らし(四角い変哲もない空間)であった、母の持ち物はデザイン性よりも機能性を優先した一般的な家具や雑貨が中心であり完成後に置くものを非常に気にされていた。しかし私は、「置きたいものを、置きたいように置いてほしい」と繰り返し伝えてきた。

住み慣れた場から離れ、新たな生活へ移行する母に対し、その「連続性」をどう担保するかが本計画の重要な課題であった。

残る建築を考える上で可変性の重要性は広く共有されており、私自身もその意義を強く意識している。本計画では、構造形式を単純化し、過度に造り込まないことを前提に、母の居住スペースにおける明確なテーマを設定した。

 

「大きく狭く」 室を造らず、間を造る。

 

“大きく”とは気積を、“狭く”とは動線の省略を意味する。

北東の北側に外部余白を設け、安定した採光を確保しつつ、その部分に居住領域を集約した。間仕切り壁は構造上不可欠な部分のみに出来る限り集約し、その壁沿って浴室・便所といった“動かない要素”を一体的に配置した。その他の区画は、解体容易な雑壁や後設置家具により構成し、「間」の調整によって最小限の居住の場を成立させている。

 

■ “用途のない間”がもたらす新たな関係性

 

西側には、全体の四割強に相当する用途未定の「場」が残された。
施主夫婦も母も、その用途を当然のように尋ねたが、私自身も「さて、何にしましょうか」と応じるに留めた。

私はこう説明した。

「ここは内部でありつつ、外部でもあるような“間”です。母屋からもこの間に入ってきますね。まずは入口を大きく開けられるようにしておきましょう。」

施主からは「母の家はどこからなのですか?」と問われた。そこで、居住の場とこの未定の間との境界に玄関戸的な要素を組み込むことにし、母の領域が明確に定義された。残りの出来上がった「用途のない間」は、分棟化によって生じた余白であり、母屋との関係性を再編する媒介として機能する。定義されない空間が存在することで、生活の変容や環境の時間変化を柔軟に受け止める「“余白の間”」が可能となった。この「間」がこれからどのように使われ、どのように変化していくのか。そのプロセスを見守りたい。

 

4 定義しない空間の可能性

 

母屋から外部デッキ廊下を抜け、この「間」に入る。内部のようでありながら、外部の気配を強くまとったこの空間を経由し、さらにデッキ敷の通路を通って母の住まいへと至る。ここは、居住に必要な要素をまとめ上げたあとに、最後に“残された”場である。

西側には可能な限り大きな開閉戸を設け、光や風を積極的に取り込むようにした。この「間」は用途を明示せず、固定化もしない。どのような使われ方が生まれ、どのように変化していくのか——まさに継続性そのものを思考させる空間である。

私は近年、工業化住宅と在来住宅(土着建築)のどちらが「解体されにくい=残るのか」を真剣に考えている。

伊東豊雄はかつて「商品化住宅は、消費社会における建築家の立ち位置を問う踏み絵である」(※2)と述べたが、建築家が独自性(特殊解)を正当化する語りはさらにレトリック化し、効率化の論理を昇華させるメーカーもまたSDGsの出現によりその矛盾に気付いているモノは多い。つまりそのどちらも普遍性の獲得には必ずしも寄与していないのではないか。

具体(現実)において工業化住宅は、構造や部材体系が閉じているため、更新や改変に高い制約が付きまとう。このシステム上の制約は、結果として「将来的な解体」を促す要因となってはいないか。では、建築家は特殊解としての作品性へ回帰し、流行をつくることを主目的とすべきなのだろうか。私はそうは思わない。求められているのは供給者のレトリックではなく、購入者=生活者の意識の変換であり、その変換を可能にする“場”である。その場が何をもって美しいかどうかは重要である。

むしろ、定着した普遍的な在来木造(=土着建築)にこそ、時間を超えて更新され続ける未来生成の力が宿っているのではないか。

今回のプロジェクトは、既存母屋の全面改修に始まり、新設棟へと連続していった。法的障壁は多かったが、施主を具体プロセスの只中に巻き込みながら進めたことは、「建築がどのように社会と関係を結び続け得るか」を共に考える貴重な経験となった。建築的思考を現実へ媒介する作業は、しばしば“抽象と具体の往復”と表現される。しかし、その目的は何か。特殊解を生むことなのか。仕様を過度に整理し、美しさの混乱を仕掛けることなのか。私はそうは考えない。

むしろ重要なのは、“よくわからない間”を真剣に考えることである。なぜなら、定義されない空間は、生活の変化や時間の流れを最も柔軟に受け止める“余白”となり、建物を解体へ向かわせないための装置として働くと考えるからだ。

つまり、残る建築とは、関係性が継続しうる建築である。その継続を支えるのは、用途が固定された「部屋」ではなく、目的を定めない「間」である。つまり柔軟な可変であるともいえる。建築家として私が重視すべきなのは、作品としての特殊解ではなく、関係の持続を可能にする空間のつくり方であり、そのための「定義しない空間」の創造である。この「間」が、ここで暮らす人々の未来にどのような関係を紡ぎ出すのか。それを見守ることこそ、建築が“残る”ということの本質であると考えている。

居住後、お母さまから「何を飾ればよいかしら?」と問われた。私は「思うように空間に添えてください」と答えた。こうして暮らしに彩りが生まれた。『美しい間』は日々の生活に柔軟に寄り添っている。

 

※1:寺内文雄・久保光徳・青木弘之・橋本英治「愛着の発生に関わる因果モデルの構築」『人工物設計における質的転換を目指して』2005年 所収

※2:「商品化住宅」という踏み絵、建築文化1981年5月号、新建築2025年9月号内所収

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